「今日も、よく来たね」
―登校してきた子どもたちが教えてくれたこと―
ランドセルの中の「見えない荷物」
私は、長い間、小学校の教員として働いていました。
毎朝、「おはようございます」と言って登校してくる子どもたちの様子を気にかけながら、一人ひとりに声をかけることが私の一日の始まりでした。
ランドセルを背負ってやってくる子どもたち。
けれど、その小さな背中にあるのは、教科書やノートだけではありません。

朝からお家の人に叱られて、モヤモヤした気持ちを引きずっている子。
本当はもっと家にいたいけれど、ぐっと我慢して登校してきた子。
友達関係の不安を抱えながら、浮かない顔で静かに私のそばに寄ってくる子。
目には見えませんが、みんなそれぞれ、言葉にならない「心の荷物」を背負って教室にやってきます。
そんな姿を見るたびに、私は心の中でこう思っていました。
「今日も、よく来たね」
「ここまで来てくれただけで花丸だよ」
大人も、みんなあの頃と同じ
教員を辞め、カウンセラーとしてクライアントさんと向き合う日々の中で、ふと、思うことがあります。
それは、「大人も、みんなあの頃と同じなのかもしれない」ということです。
本当はしんどくて、弱音を吐きたい日があっても、大丈夫そうに振る舞いながら
仕事をして
家事をして
役割をこなして…。
心の中には、 誰にも言えない不安や、飲み込んだ悔しさ、「もっと頑張らなきゃ」というプレッシャーを抱えたまま。
そうやって、毎日をやり過ごしている方がとても多いように感じます。
子どもの頃、「学校に行くこと」が当たり前だったように。
大人になると、「ちゃんとしていること」が当たり前になります。
「よく来たね」と声をかけてもらえることはなく、
「できて当たり前」
「もっと良くしないと」
そんな言葉に囲まれながら、歯を食いしばっている方が本当に多いのです。
「見守る」という関わり
頑張ることは、もちろん素晴らしいことです。
けれど、教員時代、私が何より大切にしていたのは、子どもたちの力を信じて見守ることでした。

「できた!」
「見てて!」
そんな、とびきりの笑顔が生まれるのは、
「失敗しても大丈夫」
「何度でもやってみていい」
そう思える、安心できる土台があってこそだからです。
その想いは、教室からカウンセリングルームに場所が変わっても、何ひとつ変わっていません。
ここは、荷物を下ろしていい場所
ここは、これまで背負ってきた重たい荷物を下ろしてもいい場所です。
「ここまで、よく来たね」
そう、自分自身に声をかけてあげるための「心の休憩所」です。
かつて教室で、子どもたちを静かに見守っていた時のように。
私は今も、目の前の方の力を信じながら、心の輝きをそっと見つめ続けています。



