決められない自分を責めてしまうとき
― 迷いの中にいる時間について ―
何かを決めなければいけないのに、なかなか答えが出ない。
仕事のこと。
人との関係。
これからのこと。
同じことを何度も考えてしまって、気持ちも落ち着かない。
そんな時間を過ごしていませんか。
「また迷っている」
「いつまでこんなことを考えているんだろう」
そうやって、答えを出せない自分にがっかりしてしまうこともあると思います。
周りの人は、ちゃんと決めて進んでいるように見えるのに、自分だけが頼りなく、立ち止まっているように感じる。
そんなふうに思うこともあるかもしれません。
私自身も決められずに、長い時間迷っていたことが何度もありました。
「どうしたらいいんだろう」
そう思いながら、同じところをぐるぐると回っているような苦しい感覚です。

選ぶということの重さ
何かを選ぶということは、同時に何かを選ばないということでもあります。
どの道を選んでも、選ばなかった道は残る。
だからこそ、簡単に決められないこともあるのだと思います。
「まあ、いいか」と軽く流せたらどんなに楽だろうと思うのに、どうしても流せない。
何度も考えてしまう。
それは、その選択が、自分にとって小さなことではないから。
人との関係。
これからの時間。
自分の立場。
そして、守りたいもの。
いろいろなものが重なって、一つの決断の中に入っています。
だからこそ、迷ってしまうのも自然なことなのです。
立ち止まれない理由
迷っているのに、ゆっくり考える時間も取れない。
「早く決めなきゃ」
「いつまでも迷っていられない」
そう思って、自分を急かしてしまうこともあるかもしれません。
でも、立ち止まれないのは、これまでずっと止まらずに頑張ってきた人だから。
誰かのために。
役割の中で。
期待に応えながら。
動き続けることが、いつの間にか当たり前になっていた。
だから、迷っていても立ち止まることに怖さを感じてしまうのです。
止まったら、これまで保ってきたものが、崩れそうな気がしてしまう。
そんな無意識の恐れも、あるのだと思います。
立ち止まる時間
でも、少し立ち止まったからといって、本当にすべてが崩れてしまうでしょうか。
もしかすると、崩れるのではなく、はじめて「自分の足で立っている感覚」に気づく時間になるのかもしれません。
動き続けているあいだは、見ないでいられた気持ちがあります。
誰かのために頑張っているあいだは、置き去りにしてこられた思いもあります。
立ち止まると、それらの「本当の気持ち」に 触れてしまうから。
だから怖いのかもしれません。
でもその時間は、「自分の内側に耳を傾ける時間」でもあります。

迷いの時間にも意味がある
すぐに答えが出なくてもいい。
迷いが消えなくてもいい。
本当の気持ちがはっきりしなくてもいい。
いまはただ、「迷っている自分なんだな」と、そう思えるだけで、これまでとは少し違ってきます。
決めるタイミングは、誰かに急かされてつくるものではありません。
人は、自分の気持ちと向き合いながら、少しずつ、自分の選択を引き受けられるようになっていくのです。
迷っている時間は、ただ止まっている時間ではなく、「自分を置き去りにしない時間」なのかもしれません。

もし今、一人で考えて、気持ちがぐるぐるしていたら
言葉にしてみることで、心の中が整理されることもあります。
ここは、いつでも立ち止まれる「心の休憩所」。
この場所が、そんな時間のきっかけになれば嬉しく思います。



