何がしんどいのか、言葉にできない日に

急に、気温が上がってきましたね。

朝、外に出た瞬間の空気の重さに、それだけで一日分の体力を使ってしまったように感じる日があります。

私自身も、ここ数日、体がついていかないと感じることがありました。

なんとなく体が重かったり、頭もどこかぼんやりしたり。

同じように感じている方も、少なくないのではないでしょうか。

いつも通りに過ごしているつもりでも、ふとした言葉の端に、疲れがにじんでしまうこともあります。

それは、暑さのせいだけではなく、日々の中で抱えてきたいろいろなものが重なって、心も体も少し重くなっているのかもしれません。

何もかもが混ざって、整理できない

体の疲れ。

終わっていない用事。

気になっている人間関係。

家族のこと、仕事のこと、役割としてやらなければいけないこと。

一つひとつは、そこまで大きなことではないように見える。

けれど、それが全部重なると、

「結局、自分は何がしんどいんだろう」

と、自分でもよくわからなくなることがあります。

「疲れた」という言葉しか出てこない。

何から手をつけたらいいのかもわからない。

そんなとき、人は自分を責めがちです。

「ちゃんと整理できてないからいけないんだ」

「これくらいのこと、こなせないと」

「もっとしっかりしなきゃ」

そうやって、しんどさを感じている自分に、さらに厳しい言葉を向けてしまうこともあります。

言葉にならないのは、感じる暇がなかったから

しんどさがうまく言葉にならないのは、感情がないからではありません。

これまで、感じる前に動いてきた。

疲れを自覚する前に、次のことを片付けてきた。

本当は気になっていたことも、「今はそれどころじゃない」と脇に置いて、目の前のことを優先してきた。

そうやって日々をこなしてきた人ほど、自分の中に何があるのか、見えにくくなります。

感じる暇がなかっただけで、感じる力がないわけではありません。

むしろ、ずっと動き続けてきたからこそ、心の中の疲れがいくつも重なって、ひとつの言葉にしにくくなっているのです。

まずは、「重い」を少し分けてみる

だから、無理に「何が原因なのか」を突き止めようとしなくてもいいのだと思います。

でも、何もしないままでは、もやもやがずっと胸の中に残ってしまう。

そんなときは、答えを出す前に、まず少しだけ分けてみる。

体が重いのか。

気持ちが重いのか。

人とのやり取りが残っているのか。

やらなければいけないことに追われているのか。

はっきり言葉にならなくても、

「今日は体が重いな」

「あの一言が残っているのかもしれない」

そのくらいの仮の言葉で十分です。

大切なのは、正しい原因を見つけることではなく、絡まっているものを、少しだけ手に取れる大きさにしていくことです。

「なんか重い」

「しんどい」

「疲れた」

その一言から始めて、少しずつ輪郭を見ていく。

誰かに説明できるほど整っていなくても、自分の中で「今、ここが重いんだな」と気づけるだけで、心の中の絡まった糸が、少しずつゆるんでいきます。

一人で整理しようとすると、余計に苦しくなることもある

しんどさを言葉にしようとするとき、一人で考え続けるほど、かえって苦しくなることがあります。

考えているうちに、どんどん別のことまで浮かんでくる。

過去のことも、今の不安も、これからの心配も、全部つながっているように感じる。

そして最後には、「やっぱり私が弱いのかな」「考えすぎなのかな」と、自分を責めるところに戻ってしまう。

そんなふうに、頭の中だけで整理しようとすると、同じところを何度も回ってしまう。

そのようなときは、少しずつ言葉にしていくことも助けになります。

話しながら、

「これは体の疲れだったんだな」

「あの言葉が、思ったより残っていたんだな」

「本当は、少し休みたかったんだな」

そんなふうに、自分でも気づいていなかった気持ちが、少しずつ見えてきます。

言葉にするとは、まとまらないまま出てきたものを、一つひとつ拾いながら、「今の自分は何を抱えていたのか」を一緒に見ていくということです。

きれいに説明しようとしなくてもいいものです。

夏が本気を出す前に

これから、暑さはもっと本気を出してくると思います。

体調を崩さないようにすることと同じくらい、心の方も、少しペースを落としてあげてよい時期です。

何がしんどいのか、まだ言葉にならなくてもかまいません。

まずは、「今、しんどいんだな」というところから、一緒に始めていけたらと思います。

一人でうまく言葉にできないときは、90分の個別相談で、少しずつ一緒に言葉にしていくこともできます。

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